1999年11月号特集
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浜田泰介
精力的に
日本全土の風景に挑む
編集部
 アメリカで身につけたプロの作家魂
 浜田泰介さんは、もともと日本画の出身だが、
それだけにとどまらず、洋画・版画・彫刻・工芸
等あらゆるジャンルの仕事を見事にこなすべテラ
ン作家である。外国ではそういった作家が多いが
日本では珍しい。
 山河や湖、海を描いた作品に漂う郷愁は日本人
の心を打つ、また、その画面からは透明な空気と
自然の香りまでが伝わってくる。それが彼独自の
巧みな構成力と色彩感覚によるものであることは
言うまでもない。
 彼は1961年に米国に渡り、約3年間の滞在
期間中にアクション・ペインティング、キネティ
ック・アート、ポップ・アートなどの現代美術の
洗礼を受け、加えてプロの作家はこういうものだ
という厳しさを身につけて帰国する。今回取材に
伺った際、自宅の壁面に「武士(さむらい)」と
いうアクション・ベインティングが飾られていた
が、ダイナミックで斬れがよく、一度見ると忘れ
られない作品である。
 しかし、その当時、まだ抽象は理解されず、ど
うしたらいいかと考えていた時、友人であり現在
SF作家として活躍している荒巻義雄さんから
「芥川賞だけが全てではない、いろんな道がある
はずだ」と助言を受けたのをきっかけに日本百景
の仕事に取り組む。手始めに描いたのが当時アト
リエを構えていた横浜である。1977年のこと
である。
 その後、北は北海道から南は沖縄まで精力的に
描いて歩く。そして描いた作品はその地で展覧会
をしてその地の人々に見てもらうという方法をと
った。
 人間の好きな彼にとって、行く先々で触れる人
情がなにより大切なものであった。実際のとこ
ろ、多くの人に励まされながら歩いているうちに
日本中描いてしまったのが真相らしい。その結
果、残された絵は膨大なものである。そして、そ
れらの絵が日本中の様々な家族や会社の壁に掛け
られ人々に楽しみや憩いを与えていることを彼は
素直に喜んでいる。
 また、日本百景の一環として四国八十八ケ所の
制作にも取り組んでいる。それらは各々「日本百
景画集」 「四国八十八ケ所水彩画集」としてサン
ケイ出版より出て、好評を得た、四国八十八ケ所
ほ、現在NHK主催で花遍路というタイトルのもと、
同じく八十八ケ所を描いた川端龍子の色紙と
ともに日本各地で展示されている。
 同展は東京の通信総合博物館を立ち上がりに、
大分のときわ屋を経、年内に大阪の阪急百貨店を
巡回する予定である。最終的には四国松山で展観
されるそうである。
 子供の頃から信仰深い環境に育った彼は、今
年、西国三十三ヵ所の霊場も回った。それらは水
彩作品としてまとめられ画集にもなり、すでに巡
礼した人、これから巡礼しょうとしている人を大
いに楽しませている。
 今後、坂東三十三ヵ所、近畿三十六不動尊にも
挑みたいという彼の夢はとどまるところを知らな
い。
 来年から大覚寺襖絵に挑む
 浜田さんは、来年から京都・大覚寺の襖絵の仕
事にも従事する。同寺の庭湖館という部屋の襖で
ある。
 現在は中国の洞庭湖をテーマに描かれた襖が入
っているが、傷みが激しいので新しいものをと依
頼されたそうである。大覚寺はもともと嵯峨天皇
が住まわれ、嵯峨御所と呼ばれたが、この部屋は
天皇のお休みになる所だったという。従って、襖
も墨だけの落ち着いたものである。浜田さんもや
はり墨と金で仕上げたいと言っている。テーマは
琵琶湖を選んだ。
 現在、比叡山の中腹にアトリエを構え、毎日琵
琶湖を眺めている彼にとって、これ以上のテーマ
はなかったであろう。水と水辺の草は近年彼が好
んで描いてきたものでもある。力量が問われる大
仕事であるが、彼の技術とバイタリティは周りの
期待にこたえられるだけの作品を産み出すであろ
う。


 今回の展覧会には、富士を描いた作品が多数出
品される。日本の自然を描いてきた彼にとって、
富士は大きな目標であった。富嶽三十六景を残し
た北斎が卒論のテーマだったことにも起因してい
る。
 富士は見る方向、時間、季節により全く異なっ
た顔を見せる。描けば描くほど深みにはまる。当
分富士が浜田さんを解放しないのではないだろう
か。
 水彩で描く各地の町並み、油彩の山や海、墨で
描く襖絵、その他いろいろな顔を持つ浜田さんだ
が、どの分野でも自分の持てる力のすぺてを出す
ことを願っている。それが、これまで彼を応援して
くれた人々にこたえることになるからである。